何度も同じ話をするHP
あなたはこのHPに来て、初めて読んだ記事がこれだっただろうか。
だとしたらこれから少しびっくり、というか違和感を感じるかもしれない。
このブログは同じ話題を何度も扱う。
あれ?こんな記事前読んだな?と言う記事がいくつかできると思う。
なぜか、それはこのHP、というよりbylauのコンセプトにある。
bylauは答えを出さない。
僕は(いずれ僕「達」は)、答えに価値を置いていない。いや、厳密に言うと、答えにも価値を感じているが、それ以上に「問い」そのものに価値を置いている。
簡単に手近な答えで満足しない。
同じ問いについて考え続け、悩み続ける。
その過程で考えが変わることは歓迎するべきものだ。
その考えに基づき、僕は誰よりも問いを大切にしていると思う。
……言葉を変えると一時期の答えにほぼ価値を置いていない。
だからこそ、同じ話題について考え続け、結論を変え続ける。
孤独、不幸、比較、お金、自罰……
これらのことについて考え続け、問い続ける。
正直、もどかしいと思う方もいると思う。
というか、そういう感覚の方が今はマジョリティな気がしている
(「今は」……bylauはいつかパラダイムシフトも起こしたいね)。
それでも、これからの時代は答えより問いが、そしてそれを解く過程こそが人間に求められるものだと思う。
今の時代、どんな質のものであれ、答えならすぐに出せる。
SNSかAIツールを開けば答えなんて即アクセスだ。
だからこそ、そんな時代だからこそ、人間は問い続ける必要がある、と今の僕は思っている。
誰かの回答なんてどうでもいい。なんなら正解なんてどうでもいい!
間違ってもいいからあなたの問いを聞かせてほしい。
……なんてことを考えながらブログを書くと、何回も同じことを書くことになるんですね。
いいわけじゃないですよ。本当ですよ。
露骨な宣伝となってしまい恐縮ですが、bylauに寄付していただいた方にはサポーター向けコンテンツが閲覧可能となります。
不恰好ながら等身大で嘘偽りない「今の僕」を叩き込んだ高火力品です。
読んでもあなたの問いを解決することは約束できませんが、一緒に悩むこと、問いを提供することは自信を持っています。
もしご興味を持っていただいたらそちらを覗いていただけると、とても嬉しいです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
今日も一日、お疲れ様でした。
