ふわふわり、ふわふわふわり。
「あら、宇宙くん。こんなファンシーな記事も書けたのね」
なんて思いながらリンクを開いたかもしれない。
あるいは「このタイトルは……あれのことか?」と油断ならない顔持ちでリンクを開いていただいたかもしれない。
ともかく、この記事はそんなファンシーなものではない。
これは、離人症の記事だ!
離人症とは何か。
定義についてはググるかAIに聞いていただきたい。
このHPは正解を提供するものではない。
多分、僕の記事は正解じゃないかもしれない。
とりあえず、僕にとっての離人症をお話ししたい。
離人症とは
僕にとって、離人症とは、
世界から浮かび上がる感覚
自分がこの世に存在していないような感覚
である。
これは幽体離脱のようなオカルトではなく、いや、オカルトなのかな?
とにかく、「浮いている」感覚がある。
そこには
・足に力が入りにくくなる
・ボーっとする
・気を失うのかも?(失ったことはない)
みたいな症状も含まれる。
世界を一枚の膜を隔てて感じているような、自分だけ水槽の中にいるような。そんな浮遊感や非現実感が離人症であり、考えがまとまらなくなってくる。
離人症は抑鬱状態がひどい時に起こりやすい。
メンタルの波で言うと、最下層の目安になっている。
そんな時は頓服薬を飲んだり、寝られるなら寝たりする。
この記事はなかなか大きな離人症の波が来た後、それが治ってから書いている。
ちなみに、直前まで自分の自己紹介動画の収録・編集をしていた。
うつ病であることを動画で公開する、そしてそのために活動することは僕にとって大きなストレッサーであったようで、作業開始からものの30分で今までの中でもかなり大きな離人症の波が来た。
困るのは〇〇?
わからない。困るのかな?
とりあえず、気を失うと面倒くさそうなので、離人症の症状が出てきたらじっとすることを心がけている。
ただ、困ることがある。
離人症はもちろん異常事態だ。だからこそ、離人症になるとエッセイを書きたくなる。
今しか書けない記事があると思い、パソコンを立ち上げたくなる。
残念ながら、この記事は離人症の症状が治ってから書いている。
だから、離人症のリアルを伝えることができないのが少し心苦しい。
とは言っても、気絶してしまうと元も子もないし、残念なことに最近は症状も強まってきているので、ご理解いただきたい。
最近、創作意欲が爆発している。
すべての体験は、すべての思想は、すべての地獄は創作のためにあるのではないかとすら思えるほど、創作に首っ丈だ。
普通の文章を普通の状態で書くより、離人症の症状の中書いた方が珍しい文章が書けるのかもしれない。そう考えると描きたい欲求を止められない。
こう書いていて自分を振り返ることができるが、間違いなく軽い躁状態なので自重していただきたい自分がいる。
創作は好き、でも自分が大切(にして)。
創作が、僕の症状における抑うつ感情の逃げ道、逃避先になっているのは間違いない。
それは以前よりも自分を大切にできた証だと思うし、うつ病との向き合い方として新たなステージに辿り着けたと思う。
ただ、それにしても今ほどの首っ丈はやりすぎだと思う。
精神の休養のために始めた創作活動に休息をやすれて没頭するなんて、あまつさえ、離人症の症状が出てもそれを押して創作するなんて、ジョークにしても面白くない。
とことん、僕は僕を大事にするのが下手くそだと思う。
でも、一歩一歩進んできた。きっと、僕は不器用な形で僕を愛するようになっていくのではないか。
離人症から離れつつ頭でそんなことを冷静に考えつつ、筆を置こうと思う。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
今日も1日、お疲れ様でした。
